私の研究

≪現在の研究≫
生きたフィールドでの人々の活動や学びについて,史的唯物論的学習論(Vygotsky,Engeströmら),アクターネットワーク論,ポスト資本主義論(アナキズム,贈与論等)を援用しながら,調査研究,理論研究,実践研究を進めています.

それらの理論は相反する点や矛盾する点もありますが,帰結する点があると考えています.

詳しくは,『認知科学講座3:心と社会(鈴木宏昭編著)』内所収の「3章 状況論とポスト状況論」をご覧ください.

≪これまでの研究例≫
【調査・実践研究】
・看護学生の学内と実践現場の間の状況間移動と学習過程
・病院での知識創造プロジェクトのアクションリサーチ
・遊びや演劇を取り入れた学習活動のデザイン
仕事とボランティアを越境するプロボノ活動の調査

【理論研究】
異質な文脈やコミュニティを横断する中での学習と発達(boundary crossing,cross-contextual learning; 越境,文脈横断的学習)
・状況論と,ポスト資本主義(贈与論)の関係性について

■研究の全体像(詳細版)

  • ○関心
    ・実際の生きたフィールド(組織、コミュニティ、ネットワーク)における学びに関心があります。
    ・人と人、人とモノのつながり(関係性、相互行為)に焦点を当て、その変化を学習をとらえる関係論的アプローチ(状況論、活動理論)を基盤に、フィールド研究を進めています。
    ・特に、異なる状況や集合体の間をまたいだり、異質な人やモノがつながる過程で生まれる,様々な形の創造,葛藤,困難,変化について研究を進めています。
    ・発達や学習において時間をどう捉えるかにも関心があります。特に,個人による未来や過去への展望のような単一個人の時間概念というよりも,異なる時間の交わりが生み出すゾーンという観点から,発達を捉えることを提案しています。

    KW:越境的な対話と学習,分散的なネットワーク,矛盾と変革,知識創造,歴史性,異時間混交


  • 【研究①】学んだのに別の場面に生かせない?:「学習転移」概念の批判的検討
     
     ある場面で学んだことを別の場面に転移させる「学習転移」の概念について反省的に検討してきました。私たちの社会において「教育」という営みは,この転移を想定していることが少なくありません。
     
     例えば,学校や大学は,学内での知識や思考方法やスキルを,実社会に転移することを想定していますし,「ぜひ何かここでの学びを持ち帰ってください」と,セミナー等で講師からしばしば聞かれる(私も発するときがあります笑)決まり文句も,これを象徴しています。

     ところが,しばしば私たちは,転移が生じないことを経験します。「セミナーで学んだことが実際にはほとんど活用されていない」とか,「学校でやったことなんで社会で役に立たない」とかです。

     このとき,学内や研修での教授方法が問題だとか,学習者の意識の問題だというような原因帰属を行い,それを改善しようとするのが,教授論的な発想です。

     ですが,それらを仮に改善し,学内や研修での試験成績は上がったとしても,そうは簡単に,別の場に知識は移転しません。実は,「ある場で学んで別の場に移転する」という世界観で表現できるほど,この現象は単純ではないのです。しかし,この点を見逃してしまっているように見受けられる心理学や教育学的研究が少なくないと感じています。

     教え方や個人の知識習得に関心を向ける「教授主義的発想」に対して,私や私たちのグループは,関係論に基づく,より組織的,集合体的なアプローチに依拠し提案してきました。教授主義を全く否定するわけではありませんが,限界があり,それを乗り越えるには別のアプローチがありうるということは,考えもよいのではないかと思っています。

     こうした点について様々なフィールドでの他の研究をふまえ,理論的検討を行いつつ,学内と臨床の間や院内の研修といった,特に看護教育のフィールドを中心に調査してきました。
     ただし,看護のフィールドで起こっていることは,原理的には,別の場面でも近いことが起こっている(起こりうる)と考えています。看護は看護,学校は学校,などととすぐに分けてしまわないことが大事だと思います。

     詳しくは,下記の文献をご参照いただければ幸いです。
    ・香川秀太・青山征彦(編著)『越境する対話と学び:異質な人・組織・コミュニティをつなぐ』新曜社,2015年.
    ・香川秀太「複数の文脈を横断する学習」への活動理論的アプローチ―学習転移論から文脈横断論への変移と差異―」,『心理学評論』,51(4),463-484, 2008年
    ・香川秀太「状況的学習から見た心理の働き:組織分析と改革の学習論」齊藤勇・匠英一(監修)/日本ビジネス心理学会(編)『ビジネス心理検定試験公式テキスト1基礎心理編』中央経済社, 29-56, 2013年
    ・香川秀太「看護学生の越境と葛藤に伴う教科書の「第三の意味」の発達:学内学習‐臨地実習間の緊張関係への状況論的アプローチ」,『教育心理学研究』,60(2),167-185,2012年.

     KW:学習転移,越境モデル,第三の知


  • 【研究②】既存の集団のワクを越えた対話と創造

     日ごろ属している組織や集団の枠を超えて,人々が集まり,何かを作り変えていくコミュニティについて,実践的に研究をしています。

     私たちは,組織にいて,幹部と現場の間であったり,部署間であったり,分野間であったり,様々な文化の違い(アタリマエの違い),利害の対立,見ているもののズレ,感覚のギャップなどを経験したり,生み出したり,さらされたりしています。

     これに対し,組織内外にかかわらず,普段のままではあまり交流することのない人たちであったり,どちらかといえば,誰かがつくった方針に従ったり,おぜん立てされた場に参加したりというのではなく,様々な境界を乗り越えるべく,自分たちで手作りのコミュニティを形成していく,「越境活動」を試みることは一つのアプローチになるでしょう。そうした越境に関する研究を行なっています。

     フィールドに関わる際は,ときに,活動理論や状況論といった自分の専門的な知識を活かしつつ,しかし同時に(かなり)現場の方々に学ばせていただきながら,活動の協働的な運営や,調査・研究をしてきました。外からの観察者というよりも,まさに,研究者自身も,資源交換とコミュニティの発達・変容の一部に組み込まれながら…,ということになります。

    詳しくは,下記をご参照ください。

    ◎総論的な内容
    ・香川秀太「複数の文脈を横断する学習」への活動理論的アプローチ―学習転移論から文脈横断論への変移と差異―」,『心理学評論』,51(4),463-484, 2008年.
    ・香川秀太「コミュニティを横断する学習」茂呂雄二・櫻井重男(編)『新教職教育講座第7巻 発達と学習』協同出版,pp.145-164, 2013年.

    ◎学校・大学教育に絡めた議論
    ・香川秀太「第6章「越境の時空間」としての学校教育:教室の外の社会にひらかれた学びへ」,『社会と文化の心理学:ヴィゴツキーに学ぶ』,106-128,2010年.

    ◎具体的な実践事例
    ・香川秀太・澁谷幸・鈴木ひとみ「知識創造の学習コミュニティ:エデュケア会の取り組み」香川秀太・青山征彦(編著)『越境する対話と学び:異質な人・組織・コミュニティをつなぐ』新曜社,137-158,2015年.

     KW:能動性,環境変容と自己変容の相互反映性,資源交換,知識創造,発達的ワークリサーチ(アクションリサーチ)


  • 【研究③】流動的に人々がつながる「ゆるやかなネットワーク」

     先の研究②は,比較的互いの顔や立場が分かっている間柄での人々のつながり形成です。これに対し,近年(しかし古くから),急速に発展している人々のつながりやコミュニケーション形態があります。中心がはっきりせず分散的で,時に各地に広がっていく,ゆるやかなネットワークです。

     はっきりした目的があるとは限らず,誰がそこに参加するか事前に特定しづらいことも多かったり,労働のように何か具体的なモノを生産するとは限らず,新しいつながり方それ自体を創造したり,何かを実験的に試みたりして,その過程自体を楽しんだりすることもあります。既存の組織的集まりに対し,今後,さらに拡大していくであろう集合形態だと考えられます。ここしばらく,強い関心を持っているテーマです。

     具体的なフィールドとして,反原発デモや,ボランティア活動等,調査しています。例えば,分散的で野火的に広がるネットワークは,既存の権力や組織,中央集権的な組織形態から離れようとしたり,或いはそれらに強く対抗しているようにみえる反面,そう単純ではない構造があります。日常生活や労働活動の中で硬直化してしまった自己や文化の開放という点などで,遊びの議論とも関係します。

     詳細は,下記をご覧ください。
    ・香川秀太「矛盾がダンスする反原発デモ(前篇):マルチチュードと野火的活動」,香川秀太・青山征彦(編著)『越境する対話と学び:異質な人・組織・コミュニティをつなぐ』新曜社,309-335,2015年.
    ・香川秀太「矛盾がダンスする反原発デモ(後篇):アルチュセールの重層的決定論によせて」,香川秀太・青山征彦(編著)『越境する対話と学び:異質な人・組織・コミュニティをつなぐ』新曜社,337-369,2015年.

     KW:矛盾の重層的決定,アルチュセール,社会運動,情動のゾーン,間-歴史性,ハイブリッド,野火的活動,イデオローグ,言説